震災復興支援活動報告

Charities(VILLAGE)2020年9月20日

10月9日から10月11日の間で再び東北へ復興活動に行ってまいりました。台風24号の接近により初日はあいにくの雨でボランティア活動は中止になってしまいました。そこで被災地現状を知るべく、海岸沿いを南下し南三陸町まで行ってきました。途中途中で気仙沼、大谷海岸、陸前小泉、歌津、清水浜、志津川 ほとんどの地区の土地の形状が湾で川が海まで流れている平地でした。海岸沿いの気仙沼線の陸橋はほとんど崩壊し、45号線の高架橋はことごとく崩れておりました。

写真:高架橋崩落現場
画像(1)高架橋崩落現場
陸前高田市の現状もひどいですが、湾が小さいところほど津波の被害が拡大している感じを受けました。道路上には津波浸水区間の看板がたてられており、海が見えない丘の方まで浸水している状況をまのあたりにしまして当時の津波の大きさが想定外高さまできたことに振るえがとまりませんでした。今回、南三陸町まで足を伸ばしたのはある建造物を見に行くためでした。南三陸町防災センターのビルです。このビルは震災時に防災センターの職員の遠藤未希が最後まで住民に避難警報を呼びかけていた建物です。彼女の必死の避難放送で何人もの住民が避難をして命が救われました。しかし、当の本人は津波の犠牲になり未だにご遺体は見つかっておりません。
写真:南三陸町防災センター
画像(2)南三陸町防災センター

防災センタービルには献花台ありましたが、同行していた同僚と二人あまりにも壮絶な思いがこめられている建物には近づくことすらできず、こぼれる涙を抑えきれませんでした。
今回、陸前高田市長の話を偶然にも聞くことができ2万人のうち2千人が津波の犠牲にあい、260人がいまだに見つからない現状であると。日が経つごとに復興に対する意識が遠のく今の状況には本当に憤りを感じる。忘れ去られることが一番怖いと申されておりました。今回の現地の状況を更にまのあたりにして自分自身何ができるのが葛藤は続いておりますが、伝えることの重要性と1人でも多くの方に共感していただき次へつなげる一歩を踏み出したいとおもいました。
写真:活動作業風景
画像(3)活動作業風景


(山崎)

画像(1):高架橋崩落現場
画像(2):南三陸町防災センター
画像(3):活動作業風景
※画像撮影者/山崎
写真:高架橋崩落現場 写真:南三陸町防災センター 写真:活動作業風景

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